コロナ禍の今読むとおもしろい本の一つかもしれない(『ハーモニー』感想)

コロナコロナで最近外出ができないので、読書がいつもよりはかどるこの頃。

伊藤計劃の『ハーモニー』のkindle版がセールで安くなっていたのを見つけました。

虐殺器官』は読んでいたのでもともと気になっていましたが、このコロナ禍における社会情勢をこの作品と絡めて語っている人がいたのでなおさら気になっていましたので、これを好機にと買いました。

2週間くらいかけてちまちま読んで、先ほど読み終わったので簡単に感想を書きます。

 

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

コロナで社会が大騒ぎになっている今読むと面白い

 

本書で描かれている世界は、今から70~80年くらい先の世界です。この世界では2010年代初頭あたりから社会が大混乱に陥り、核爆弾が何発も落ちるという世紀末状態に陥っていました。これによって大気中に放射性物質が散乱し、わけのわからない病気が滅茶苦茶流行りました。(これを作中では「大災禍」(ザ・メイルストロムと読まれています)と表現しています)

その後、体内を常時監視して病原体を逐次やっつけるシステムが開発され、わけのわからない病気は駆逐。大災禍の恐怖を背景に、今は一部の途上国の人を除いた大抵の人間はみんなそのシステムを体内に入れて、健康を第一とする価値観の元で、生活管理ソフトに提案された健康にいいことだけをしながら、風邪にすらならないで健やかに過ごすという世界となっています。そのため社会構造も思いっきり変わっていてWHOの権限がめちゃくちゃ強くなって今でいう国連ぐらいのことをしています。

 

 一方、作中の健康第一の社会は、健康に悪いことはもうなんでもかんでも悪とされる社会です。酒やたばこがダメなのはもちろんのこと、コーヒーすらそのカフェインを理由に望ましくないものとされています。しかもこれは明文規定として否定されずに、「望ましくないからやめよう」という空気的なものによって皆自分の意志でもって制限しています。主人公含む一部の人間はそういう社会に息苦しさを覚えており、この健康第一社会って本当にいいんだろうか という思考が話のキモになっています。

普段ならまあそういう設定のSFなんだなあと思うくらいです。しかし現在コロナウイルスに数百万人かかって人が数十万と亡くなっていてる状況からすると、作中の「大災禍」をこのコロナ禍と重ねて考えてしまいます。

多分世界はこのコロナ禍が収まった後、ここで描いている社会ほどとはいかないにせよ、健康をより重視する方に向くことになるでしょう。というかすでに医療があれだけ発達して社会保障費が先進国の歳出の多くを占めるようになったここ数十年を見ていたらそういう流れにもうなっているんだと思いますが、今後より拍車がかかることになるでしょう。

諸外国のように外出規制はありませんが、あくまで「自粛」ベースで外出を控えるよう政府が呼び掛けて、それを(私含めて)結構な割合の人が守ろうとしている今の日本なんかは作中の自主的に健康に悪い習慣を控える社会と重なります。

 

 世の中に絶対ってのはないわけですが、一方で「健康第一」ってのは絶対みたいな価値観としてとらえられがちです。この世のあらゆることは命あってのことなので、健康が大事なのは間違っていないと思いますし、私も健康第一を絶対としてとらえて生きているところがあります。だから個人的には、今後さらに社会が健康を重視する方向に向くことについて異論はあまりありません。体調不良状態になるのがすごく嫌で、願わくば普段から風邪すら引きたくないと思って生活している私にとっては、自分の体を常時モニターして病気をやっつけるシステムというのは魅力的に聞こえます。

ただこの作中の「健康」を絶対とする社会に疑問を覚える人々を見ていると、「健康第一で社会を作るのもいいけど、それを絶対的なものとして思考停止になっちゃうのはいけないかもなあ」という思いになります。

 

まあそんなこと考えたって、私はただの民間人なので一有権者としての権限しか社会に対してはもっていませんが、架空の社会を通して現代社会を考えられるのがSFの面白さの一つだと思います。また、作中の健康第一が行きつくところまで行った社会を見ると、現実世界でコロナをどうにか収めた社会がこれからどこまで架空の社会に近づいていくのか、それともまた思わぬ方向へ進むのかなど、違った視点で現実を見ることができます。そういう意味で、この作品は今読むと結構面白いだろうなあと思います。

 

あと内容をつっこんで話すとネタバレになりますが、社会背景とか話とか登場人物像とかに『PSYCHO-PASS』の1期と重なるところがあるなあと思いました。あれが好きな人はこれも読むと面白いと思います。

 

これからGWですが、気安く外に出られる情勢では残念ながらありません。暇で暇で死にそうという人もいるんではないかと思います。こういうときこそ、普段は忙しくて読めない本でも読んで、暇をつぶしていきたいものです。

 

おしまい。